久しぶりに下道で迷子になってバイクの楽しみを再発見しました
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最近、自分の走り方が少し変わってしまったなと思うことがある。
ツーリングへ出掛ける時、気付けば高速道路を使うことが当たり前になっていた。
目的地まで最短で移動できるし、時間も読める。
体力の消耗も少ない。
とても合理的な移動手段だと思う。
しかし、高速道路ばかりを走っていると、何か大切なものを少しずつ置き忘れてしまうような感覚がある。
久しぶりに下道で長距離を走ってきました。
具体的には愛知県岡崎市から岐阜県郡上市白鳥町まで。
片道で160km前後
だいぶ迷子になったから、グーグルマップで下道3時間30分ぐらいだけど、実質5時間近くかかりました。
これをきっかけに、また下道を何百キロも走る旅をしたいと思うようになった。
効率ではなく、寄り道をするために。
予定通りではなく、予定が崩れることを楽しむために。
そんなことを考えるようになった。

車で旅行をするなら、目的地が一番大切になる。
美味しい店へ行くこと。
絶景を見ること。
ホテルへ泊まること。
もちろん、それも旅の楽しさだと思う。
だけど、バイクは少し違う。
目的地へ着いてしまえば、その日の旅は半分終わってしまう。
本当に楽しい時間は、その場所へ向かっている途中にある。
「あの道、気になるな。」
「こっちへ曲がってみよう。」
「地図には載っていない細い道だけど、面白そう。」
そんな小さな好奇心だけで進路を変えられる。
そして、その結果として迷子になる。
昔の私は、迷子になることを失敗だと思っていた。
だけど今は違う。
迷子になることこそ、バイク旅の醍醐味だと思う。
予定していなかった集落へ辿り着き、偶然見つけた神社に立ち寄る。
誰も知らない展望台から景色を眺める。
川沿いの道が気持ち良くて、そのまま何十キロも走ってしまう。
こういう出来事は、ナビが案内する最短ルートでは絶対に味わえない。
遠回りをしたからこそ出会えた景色。
間違えた道だったからこそ知ることができた土地。
そういう偶然が、バイク旅にはたくさん詰まっている。
だから私は、目的地まで最短距離で走ることに、あまり魅力を感じなくなった。
むしろ、少し遠回りをしてでも、「今日は面白い一日だった」と思える旅のほうが価値がある。

今年になってリターンバイク乗りになった兄は言っていた。
「友達とインカムで話しながら走るのが一番楽しい。」
それも分かる。
同じ景色を見て、同じタイミングで笑い、同じ思い出を共有できる。
きっと、それも素晴らしいバイクの楽しみ方なのだろう。
だけど私は、昔から少し違う。
私にとってバイクは、一人で走るものだ。
ヘルメットの中は静かで、聞こえるのは風切り音とエンジンの鼓動だけ。
誰とも話さない。
誰にも合わせない。
休憩する場所も、自分で決める。
写真を撮る時間も、自分の気分次第。
昼ご飯を食べる店も、気になった店へふらっと入る。
誰かと走ると、どうしても相手に合わせる場面が増える。
それは決して悪いことではない。
でも、一人で走る時間には、それとは違う自由がある。
何も考えずにアクセルを開ける時間。
ただ山道を走り続ける時間。
信号待ちで空を眺める時間。
そういう静かな時間が、自分の頭の中を少しずつ整理してくれる。
バイクは、自分自身と向き合える数少ない時間なのかもしれない。
だから私は、一人で走る旅が好きだ。

私は、どこまでも身勝手な人間だと思う。
人に何かをしてもらうことは多いのに、その恩を返すことは決して得意ではない。
お世話になった人へ、きちんと恩返しをしているかと言われれば、自信を持って「はい」とは言えない。
そんな自分を情けないと思うこともある。
だけど、その身勝手さがあるからこそ、一人で走るバイク旅に惹かれるのかもしれない。
誰にも気を遣わない。
誰にも予定を合わせない。
今日はここまで走ろう。
やっぱり帰ろう。
もう少し先へ行こう。
全部、自分だけで決められる。
そんな勝手気ままな時間が、自分には必要なのだと思う。
そして最近、もう一つ意識していることがある。
なるべくナビを使わないことだ。
もちろん便利なのは分かっている。
スマホを開けば現在地が分かる。
渋滞も分かる。
目的地まで一番早い道も教えてくれる。
でも、それでは「考える」という行為がどんどん減ってしまう。
地図を見る。
太陽の位置を見る。
山の形を見る。
川の流れを見る。
標識を探す。
「あっちへ行けば町がありそうだ。」
そんな感覚を働かせながら走る時間は、まるで昔の旅人になったような気分になる。
人間には、本来こういう感覚が備わっているはずだ。
便利な道具が増えるほど、その感覚は少しずつ鈍ってしまう。
だからこそ、あえてスマホをポケットへしまい、ナビを切る。
不便になることは、決して悪いことではない。
不便だからこそ考える。
考えるから覚える。
覚えるから、自分の経験になる。
これはバイクだけではなく、日常生活にも通じることなのだと思う。
便利なものに囲まれて暮らす現代だからこそ、自分から少し距離を置く時間は必要なのではないだろうか。
山の中で道に迷うこと。
知らない町で現在地が分からなくなること。
そんな出来事でさえ、あとから振り返れば笑い話になる。
そして、その一つひとつが自分を少しだけ成長させてくれる。
だから私は、これからもきっと遠回りをする。
高速道路を使えば数時間で着く場所へ、あえて下道で一日かけて向かう。
目的地へ急ぐよりも、その途中で何を感じ、何を見つけたかを大切にしたい。
バイクは速く走るための乗り物ではない。
効率よく移動するための道具でもない。
自分の心の速度を、少しだけゆっくりに戻してくれる存在だ。
だから今日も、私はナビを閉じる。
少しだけ遠回りをして、少しだけ迷子になりながら、自分だけの景色を探しに走りたいと思う。